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社員インタビュー企画 Vol.16「届け!”音楽”への熱い思い」– SVM部:髙橋年矢さん

2021.3.5

エコリング社員に好きなことを熱く語ってもらうインタビュー企画の第16弾。
今回お話をお伺いするのはサービスマネージメント部でFC店のサポート業務をされている髙橋年矢さんです。 音楽が好きでプロのミュージシャンを目指して活動されていた時期もあるという髙橋さんに、バンド活動の魅力や現在に至るまでの心境の変化をお伺いしました。

音楽に興味を持ったきっかけ

大学で軽音楽部に入部した事がきっかけです。 小中学生から家族の影響もあり音楽はよく聴いていましたが、高校に入学した頃から音楽の中でも「バンド」を意識して聴くようになりました。それまでアーティストの歌声と歌詞を主に聴いていたところに、「楽器の音」が追加されました。その中でもベースとドラムの魅力に憑りつかれ、大学入学を機にドラムを始めました。
学生時代にはいろいろなバンドのコピーバンドをしていました。 サンボマスター、ウルフルズ、ゆらゆら帝国や、民族楽器のインストみたいな音楽や、AIKO、大塚愛、ミスチル、メタルなんかもやりました。 ドラムを叩ける男の子が当時はあまりいなかったので、誘われるままにいろいろなバンドの音楽を幅広くやっていましたね。 本当にドラムとバンドが好きでしたし、いろいろな方と関われるのが好きだったので、時間を決めて一緒に練習して、その後みんなでご飯を食べる時間が楽しかったですね。 今は社会人音楽サークルに所属し、趣味として楽器演奏は続けていますのでドラム歴は12年になります。現在はその音楽サークルに参加したことをきっかけにギターとボーカルにも挑戦しています。

プロのミュージシャンを目指すも

20~25才までは音楽活動で生計を立てるべくバンドを結成し、大学生をしながらオリジナルの楽曲を作成したりライブをしたりCD作って売ったりしていました。 バンド活動は9割が苦で1割が楽といった感じで辛い事が多かったですが、音楽はやっていて楽しかったですね。
辛かった事でいえば、ライブをやって人が入らないと赤字になってしまう事ですね。20人呼んでプラマイゼロ。30人呼んでやっと利益になるのですが、人が入らずにバンドメンバーで箱代を負担する事もありました。スタジオでの練習や、CDの制作にもお金が掛かるので、かなり消耗していましたね。バンド活動の終盤では事務所に入るという話も出たのですが、その当時はライブをやれば毎回30人くらいはお客さんが集まるという所までは行かなかったので、結局、事務所に入るには至らなかったですね。

バンドをやっていて楽しかった事

やっぱりステージ上での高揚感ですね。 演奏する楽しみであったりとか、ライブでのお客さんからのレスポンスに支えられていました。 自分たちの音楽をやっていれば、ファンは後から付いてくるだろうと思っていたので、自分たちのすごい好きな曲を煮詰めて、「どうやオレたちカッコいいやろ」ってライブで演奏する事が好きだったのでそういった喜びはありましたね。 ベースの子は僕と同じ社会人音楽サークルに入って、今でも一緒に演奏する事がありますが、その子と演奏した時の楽しさや、意思疎通が取れた時の喜びはありますね。 ライブでお客さんとの通じ合えた時に、やっぱりステージに立って演奏するの楽しいなって思いますね。 バンド時代は9割が苦で1割が楽と言いましたが、たった1割の楽しさでも、9割の苦しさを凌駕するほどの密度がありました。 ステージに立っている30分ですべてが吹き飛ぶような楽しさがありましたね。

バンドとしての活動を終えるまで

世間の評価は最初はあまり気にしていませんでしたね。 自分たちのやりたい音楽をやっていれば、評価は後から付いてくるものだと思っていました。 続けていくうちに徐々に僕らの事を好きになってくれるお客さんの数は増えていっていたのですが、 当時はバイト漬けの日々で、ファンが増えるスピードよりも僕たちの消耗するスピードの方が早く、限界がきてしまいましたね。 朝から夕方までバイトをして、夕方から夜の11時くらいまで別のバイトをして、そこから朝の5時くらいまで練習をして、家に帰って3時間くらい寝て、昼からまたバイトみたいな生活をずっと続けていました。 練習だけでも1日1人3000円くらい飛んでいくのを週3、4回くらいしていましたね。 バイトで活動資金を稼ぎながら、その合間を縫ってライブをしていました。 CDを作ったり、ライブをしたり、スタジオを借りて練習するにもお金が掛かるので、バイト代でやりくりするのが辛かったです。


当時は若かったのでそんな無茶な生活でも何とか続けられていましたね。 でもそんな生活も楽しかったですよ。 25才で一旦はバンド活動に区切りをつけたのですが、その後は趣味として音楽活動を続けています。 「好きな事を仕事にしたらしんどいよ」って話を聞きますけど、本当にそうだなと思いました。 楽しいという目線で向き合えなくなってくるのを感じていましたね。

バンド解散後の心の整理

バンドを辞めた後、心の整理はなかなかつかなかったですね。 前半は学生をしながら、後半はバンド活動に集中する為に休学して活動していたので、バンドを辞めてから、一年間大学に通って単位を取って卒業してからエコリングに入ったのですが、その間はずっとしんどかったです。 その時に大学の先輩に「音楽で売れたかったの?音楽で売れたいというよりはライブがしたいんじゃないの? 音楽で成功するよりは、音楽に携わる事自体が楽しいんじゃないの?」と言われてハッとしました。 仕事としてやらなくても、ひとつの形として趣味で音楽を続けて満足感が得られるなら、それでもいいと思うようになり、だいぶ心が落ち着きましたね。


ボーカルの子が「オレは印税王になる。印税で生活するんだ」ってよく言っていましたけど、僕の場合はそこが目的ではなかったなと改めて思いました。 自分たちのカッコいい曲を披露して、自分で自分の事をカッコいいって思えるような場所自体が好きだったんだなと気付きましたね。 その時のしんどかった気持ちも、うまく消化できて今でも趣味で音楽を続けています。

音楽サークルの魅力

音楽サークルには20~60代の方が100名以上参加されていて、今まで自分が触れることがなかった音楽を紹介してもらえます。 音楽だけでなく人生の先輩たちから学ぶことはとても多く、人生相談に乗ってもらうことも…。 楽しく音楽活動ができる場所として、また息抜きが出来る居場所として重宝しています。

複数人で一緒に演奏する時の一体感と達成感

音楽用語で「グルーヴ感」というものですね。 演奏中は大きな音が鳴っているので当然ながらバンドメンバーとも観客とも会話が出来ません。 ですが確かに何か通じ合う瞬間というものが存在します。 うまく演奏が出来た時にはメンバーとアイコンタクトだけで褒め合ったり、演奏中にテンションがどんどん上がっていくのを会場全体で共有できたり…。 ステージ上で演奏する楽しさや高揚感は病みつきになるものがありますね。

音楽を通して得たもの

「NO MUSIC, NO LIFE」とはよくいったもので、音楽を通じて学んだことや経験したこと、成功失敗挫折など、音楽を通して得たものが沢山あります。 その中でも一番の得難いものは人と人とのつながりだと思います。音楽を通じて多くの人と知り合い、バンド経験を通じて一生涯の友人ができ、夢をあきらめる悔しさを味わいました。 今でも自分の人生を彩ってくれるのは音楽であり、それを通じて得られる経験や友人たちだと思います。(余談ですが音楽サークルでは管理チームの一員を任されていますので、誰かの生活の一部を彩れるような場所にしたいと思っています!) 今はコロナ禍のなかサークル活動が停滞していますので、一日でも早く気兼ねなくみんなで集まって楽しくお酒でも飲みながら音楽活動ができるような日がくることを祈っています。


LeaF of SOUNDS 音楽サークル

ラフビート ミュージックスタジオ



~筆者コメント~
髙橋さんのお話から楽器を演奏する事の楽しさがとても伝わってきました。 筆者は音楽は聴く専門ですが、日常に音楽がある事の素晴らしさを改めて実感しました。 コロナが落ち着いたら、ライブでしか味わえない高揚感や一体感をまた感じてみたいと思いました!

社員インタビュー企画 Vol.15「届け!”海”への熱い思い」– コンプライアンス部:二宮洋子さん

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