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2016.8.26

女性のスタイルをリードしたココ・シャネルの歴史

シャネルの商品知識1

常に女性のスタイルの先駆者として立つココ・シャネルですが、そんな彼女の栄光と、その陰に隠れた知られざる挫折をご紹介します。

帽子からアクセサリーまで製作

シャネルは創業者であるココ・シャネルことガブリエル・ボタール・シャネルが、1909年にパリで帽子の製作を始め、その翌年に婦人帽子店「シャネル・モード」を開いたことから始まったといわれています。その後フランス各地に出店していきますが、ジャージ素材を用いたドレスや、最も有名な香水である「シャネルNo.5」を発表するなど、人々の話題を集めて多方面に発展していきました。第二次世界大戦により一旦は規模が縮小したものの、シャネル・スーツがアメリカをはじめとした国々で働く女性に受け入れられ、再びブームを巻き起こしました。ココ・シャネルの亡き後、カール・ラガーフェルドがデザイナーに就任しましたが、シャネルのスタイルを守りつつ新しい流れも取り入れ、ブランドの再興を果たしました。

コルセットからの解放

シャネルの商品知識2

ココ・シャネルは、自分が着心地の良いと思える服を作り、それを着こなしていました。コルセットを着けることが当たり前だった時代、それを必要としない機能性重視のシャネルの服は、ひそかにコルセットから解放されたいと願っていた女性たちにとって待ちに待ったものであり、たちまち評判となりました。その後、第一次世界大戦を迎えますが、機能性や実用性を兼ね備えたココ・シャネルの洋服は、留守を預かり軽装を必要とした女性たちにとって、とても便利な服装といえました。コルセットを外して、スカート丈も短くした独創性あふれるココ・シャネルの発想力に、受注量も増え、価格を上げても売り上げが伸びたことから自信もつくようになりました。

ココ・シャネルの栄光と挫折、その後の復活

順風満帆に見えたココ・シャネルでしたが、1929年から始まった世界恐慌により状況が一変しました。女性も働かなければならない状況になり、シャネルでも数多くの女性労働者が働いていましたが、ココ・シャネルの冷淡な人格と劣悪な労働条件により、大規模なストライキが起こりました。結局労働者たちとは和解しましたが、その後に勃発した第二次世界大戦により、店を閉じることになりました。その後、15年間ファッション業界から遠ざかっていたココ・シャネルでしたが、1947年にクリスチャン・ディオールが発表した「ニュールック」がウェストをコルセットで締めた曲線的なデザインであったため、これに憤慨したココ・シャネルは再びデザイナーとして復活しました。しかし時代はココを求めておらず、苦難の連続でした。ココはそれにもくじけず、ツイードをスーツに仕立てたシャネル・スーツを考案し、またもや時代を掴むことになりました。

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